読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マイにち×○ざんマイ

20代後半の○○○が、仕事とは無関係のことを毎日きまぐれに書いていきます。短いは正義が鉄則、のはずがたまに長くなる。

魂が清らか|Making Sense

f:id:nounai888:20160806234019j:plain

私はラジオが好きだ。ラジオ好きになったきっかけは、2014年3月まで放送していた「Making Sense」というラジオ番組だった。平日、毎晩日付が変わる前の約10分間、清水ミチコ三谷幸喜が目的もなくただしゃべるだけの番組。しかしそこはさすがのベテランタレントと人気脚本家、ただの会話なのに非常におもしろく、その10分間は 仕事の合間の密かな楽しみだった。

 

そのMaking Senseでは「魂が清らか」ということばがたびたび登場した。要するに「下心がない」とか「ずる賢いことを考えない」とかいうようなことのようだ。彼らいわく、たとえば、平野レミ椿鬼奴は魂が清らからしい。なんとなくわからないでもない。DAIGOなんかも魂が清らかそうである。

 

しかし、魂が清らかな人が本当にこの世に存在するなんて、私にはどうしても信じられない。実際、「ああこの人は魂が清らかなんだなあ」と思える人には(後述する一人を除いて)一人も出会ったことがない。

 

この生き馬の目を抜くような世界でチャンスをつかむために、皆、意識的であれ無意識的であれ計算高く要領よく生きている。私も、私の友人知人の多くも。もちろん、 彼らがずる賢いとか汚れているとかいうつもりは全くない。むしろ人間性が優れていて、尊敬すべき人がたくさんいる。しかし、魂が清らかとまで言えるかというと、そこまでは言い難い。

 

ただ一人だけ、もしかしたら魂が清らかな人がいるとすればこういう人なのではないかと思う人がいる。彼は私の上司なのだが、しかし、 私は彼が本当に魂が清らかなのか未だに疑問に思っている。飲みにでも行って本気で語ってみれば彼が本当に魂が清らかであることが判るのかもしれないが、なにせ上司なので、残念ながらそんな機会はなく確かられたことがない。

 

魂が清らかな人間の存在を信じるには私はあまりにも邪念が多いということなのかもしれない。それはそれで悲しい。。

 

それはそうとMaking Senseが終わってからはこれというラジオ番組に出会っていない。いつの時代も流行りは変わるとはいえ、みうらじゅんのサブカルジェッターとか、松本人志の放送室とか、すごいおもしろかった(両方聞いたのリアルタイムじゃないけど)んだが。