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マイにち×○ざんマイ

20代後半の○○○が、仕事とは無関係のことを毎日きまぐれに書いていきます。短いは正義が鉄則、のはずがたまに長くなる。

「努力・友情・勝利」からみるナルトとワンピースの対照性、そしてデスノートの特殊性

ジャンプがなかなかサービス精神旺盛なアプリを出している。

ワンピース、ナルト、銀魂が毎日1話ずつ無料で読めるというアプリ。改めて買うほどでもないけどもう一度読み返したい名作たちだし、毎日1話というのも(もどかしい反面)時間を取られすぎないので良い。できればるろうに剣心デスノートハンターハンターのアプリも作って欲しい。

(ちなみにジャンプではないけど名探偵コナンも毎日1話ずつ読めるアプリがある)

 

そこでナルトを読み返していて思ったのだが、ジャンプのテーマである「努力・友情・勝利」にこれほど忠実な漫画はないのではないかと思う。

努力」という面では、要所要所でナルトの修行の様子が何話も使って描かれている。しかも、少年漫画の修行の場面は往々にして説明(技の仕組みとか、「チャクラ」とか「自然エネルギー」といったその漫画独自の概念とかの説明)が長く退屈になりがちなので(いい例がハンターハンター)、別の場面を挟みながらうまく描いている。ワンピースでは基本的に修行の場面は省かれているのとは対照的である(技の仕組みとかの説明は読み飛ばしている少年少女の読者もけっこういそうなので、修行の場面を思い切って省くというのも一つの正解なのだと思うけど)。

 

友情」という面でも、ナルトはワンピースとは対照的な描き方をしている。ワンピースでは仲間の大切さを解っている人と解っていない人が最初から決まっていて、それが入れ替わることはほとんど無い。味方は最初から最後まで味方だし、敵=悪者は最初から最後まで敵であり悪者である。かつての敵が主人公ルフィの味方に回るケースは多々あるが、その理由は単にルフィの男気に惚れたとか共通の敵がいるからというもので、「仲間とは、信頼とは何か」などについての彼らの精神的な葛藤は描かれない。

これに対してナルトでは、友情(にとどまらず仲間や家族への「信頼」)の大切さについての学びが多面的に描かれる。主人公ナルト自身が家族も友人もおらず周囲の人から忌み嫌われているという天涯孤独の状況からスタートし、苦労して仲間を増やし「友情」や「信頼」を勝ち取っていく。友情や信頼を全く信じていなかった敵の一部は、ナルトと戦うことでそれらの大切さを知っていく。しかもそれが実にドラマティックに描かれる。

 

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再不斬(と白)と我愛羅の話。両方結構好きな話。 

 

さらに、ナルトで特に秀逸だと思うのは、ナルトとナルトのライバル・サスケの関係だ。少年漫画のお約束である主人公のライバルは、主人公にとって「良きライバル」、つまり切磋琢磨する相手でありつつも、同時に尊敬し合う親友であることが多い。しかし、ナルトのライバル・サスケは(一旦はナルトに心を許しそうになるものの)最後の最後まで「友情」「信頼」といったものを一向に信じようとしない。ナルトはその真っ直ぐな人柄でたくさんの人と信頼関係を築いていくが、最も仲間でありたいと願うサスケだけは最後まで歩み寄ってくれない。このもどかしさな。

サスケはナルトやその仲間のところに戻ってきてくれるのか。サスケは序盤でほんの少し人間的なところを見せるだけに、読者もサスケはいつかは友情や信頼の大切さをわかって戻ってきてくれるはずだとつい願ってしまう。

 

そして「勝利」。努力×友情→勝利∞ (∞はつけてみたかっただけ)という定式に沿うなら、「友情」部分のストーリーが複雑なナルトは、その分「勝利」部分のストーリーも複雑になりがちだ。

ここでもワンピースと比較するなら、 ワンピースでは、先述のように友情や信頼というものを解っている人と解っていない人が最初から決まっていて、解っているグループが勝ち、解っていないグループが敗ける。分かりやすいシンプルな構造だ。結論が予想できるのである意味安心して見ていられる。

最後は仲間を信じた者が勝つというのはナルトも全く同じだが、登場人物が仲間を信頼したり不信になったりという起伏が激しい分、ストーリーが複雑になる。例えば、敵であった再不斬は健気に慕う子分・白を単なる道具として利用するが、白が死んだとき初めて白に愛情を持っていたことに気づき、死ぬ間際に涙を流す。彼は最期に本当に大切なことに気づけたわけで、全くの敗北とは言いたくない気持ちにさせられる。

 

※ちなみに、私はワンピースが単純だとか浅いとか言いたいわけではない。私自身ワンピースは大好きだ(もちろんナルトも)。

 

そして、「努力・友情・勝利」という観点からすると、ジャンプにおいてデスノートがいかに異色の存在かがわかる。デスノートにおいてこの3つは全く登場しない。そもそも主人公が殺人という最も反人道的で違法なことを楽しげにやり続けるというのが、(他の雑誌ならともかく)従来のジャンプにおいてはあり得ないことだったんじゃないだろうか。。なぜこの連載が編集部で認められたのか不思議なくらいだ。ライトが敗北するというラストはジャンプ的には当然の帰結(とはいえそれまでのストーリーの流れからして唐突感はあった。仕方ないけど)だけど、本当にラスト以外はジャンプらしさがない。結果的に大当たりしたので正解だったわけなんだけどね。ちなみにデスノートも大好きでした。