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マイにち×○ざんマイ

20代後半の○○○が、仕事とは無関係のことを毎日きまぐれに書いていきます。短いは正義が鉄則、のはずがたまに長くなる。

「頭がいい」と「勉強できる」は何が違うのか?

Lifestyle ライフハック 雑談

学歴と頭の良さは必ずしも一致しない

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勉強ができても頭がいいとは限らない。

 

経験則上、これが事実であることを私たちはよく知っている。高学歴でも「こいつバカじゃないのか?」という人がどの組織にも必ずいるし、中卒や高卒でも頭の回転がすばらしく速い人もいる。

 

では、「頭が良い」と「勉強ができる」は何が違うのか。わかりそうでわからないこの問いに答えてみようと思う。

 

「頭がいい」とはなにを意味するか

 

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「頭がいい」ということばも多義的なことばだが、一般的には

 

 ① 「物事をすばやく論理的に考えられる」人

 ② 「飲み込みが早い」人

 

のことを「頭がいい」ということが多いと思われる。

①は、「すばやく」「論理的に」というところがポイントである。

簡単に言うと、Aという経験則や理論があり、Bという事実があるとき、Bがあるということは、Aに照らせばCという結果になるはず、というような思考を、正確に早くできる、というようなこと。

②は、初めて説明されたことを、それが複雑なものでもすぐに理解できるといったようなこと。

 

①か②のどちらかでもできれば、だいたい「あの人頭いいよね」ってなる。 

 

 

「勉強ができる」人は何ができる人なのか

 

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「勉強ができる」=「試験が得意」と言い換えることができるとすれば、勉強ができる人とは、

「①試験において問われる知識が何か②その知識がどういう形で問われるか、を正確に把握して、それに対応できるように勉強できる」人

のことだと思う。

 

ちょっと説明的になってしまったけど、たとえば、2005年度東大入試の日本史第3問。

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これは、いわゆる「石高制」について問われているものと思われる。

「石高制」が試験に頻出のキーワードだということをわかっていれば、この言葉がすぐでてくるはず。ここでまず①(試験において問われる知識が何か)クリア。

しかし、この問いに答えるには、さらに石高制とは何か、それが武士・百姓それぞれの身分の義務(役)とどういうつながりを持っているのかを理解し、かつ、簡潔に説明できなくてはいけない。日本史の単語がこういう形で問われるかもしれない(②)、ということを分かっていてはじめてこの問いに答えることができる。単に「石高制」という単語を覚えているだけではだめなのだ。

 

①(試験において問われる知識が何か)を把握してちゃんと勉強すれば早慶レベルまでは対応できるが、東大・京大レベルを確実に合格しようとしたら、②(その知識がどういう形で問われるか)(もっといえば採点基準)をきちんと理解して、問題に対応できるようにする訓練が必須であるように思う。

 

 

頭はよくないけど勉強はできる?

 

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勉強ができる=試験で問われる知識とその知識の問われ方を把握できている、とすると、なぜ「勉強はできるけど頭はそれほどよくない」人が存在するかもおのずとみえてくるだろう。

 

試験でいい点をとるためには、単に、試験で問われることを理解して暗記して、問題が特殊な形式だとわかっている場合にはその特殊な形式(難関の試験なら採点基準も)に対応できるようにちょっと訓練さえすればいいだけなのだ。

 

もちろん、記憶力の良し悪し、文章を書くのが好きかきらいか、語学のセンスや耳の良さ(特に英語では重要)など、人によって得意不得意は多少はある。

でも、ごく少数のものすごく頭のいい人たち(実際彼らはたいした努力もせずにいとも簡単にものすごくいい点を取ることができる)を除いて、大半の凡人の能力にそれほど差はない。少なくとも、日本における試験でいい点をとるのに必要な限度での能力という観点では、大半の人の能力の差など誤差の範囲である。

それなのにいわゆる「学力差」が生じるのは、すでに述べたように、①試験において問われる知識が何か、及び②その知識がどういう形で問われるか、を意識して勉強した人としていない人がいるからだと思われる。

これさえわかっていれば、たいして頭がよくなくても、がんばりさえすれば「勉強ができる」ようになるし、難しい試験にもちゃんと受かる。

 

 

とはいえ、「勉強ができる」のも立派な能力

 

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なんだか予備校の授業のイントロ講義みたいになってしまった。

 

ともあれ、「あのひと、勉強『は』できるよね。」などと、なにかとちょっとバカにされる「勉強ができる」という表現だが、このように見てくると、「勉強ができる」というのもなかなか捨てたものじゃないように思える。

「勉強ができる」ということは、「試験でいい点をとる」という目的をもって、それを達成するために必要な最短距離を追求して、努力することができる、ということを意味するからだ。頭がよくないならなおさらだ。

 

それだけ目的達成能力をもっているのだったら、社会に出ても仕事やプロジェクトにその能力を生かせばいいのにな、と単純に思うのだが、これだけ「あのひと東大卒らしいけど仕事はちょっと…」などといわれてしまう人がでてくるのは、コミュニケーション能力とか、まちがった自信やプライドとか、また別の問題があるからなのでしょう…。

 

 

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